2.Nightmare

※Gネタなので苦手な方はご注意
(いるんだろうかそんな人)


 暗い。どこもかしこも、足元も頭上も暗すぎて、真っ黒だった。その暗い空間を、クロノアは悪夢のように感じた。
 肩を引っ張られた気がした。振り向いても誰もいない。
『……!』
 名前を呼ばれた気がしてまた振り返った。
 やはり、誰もいない。

 頭がおかしくなりそうで、クロノアは必死に駆け出した。そして、


 ばしゃんっ

 駆け出した先にあった湖に、落下した。





「――!!!」
 目を覚ますと、汗を沢山かいていた。
 それこそ、湖に落ちたような錯覚を感じるほど、寝間着も湿り気を帯びていて、大して暑くも無い部屋なのにとため息をついた。
「ひどい、夢…」
 額をしっかり押さえて、僅かに熱を確認する。風邪でもひいてしまったのだろうか、とにかく着替えようと起き上がると、足元がふらついて床に思い切り倒れてしまう。
 幾ら身体が軽くても、そう高くも無い宿の床はただの板張りなので、ド派手な音を立ててしまう。ついでに、その音に比例するほど床と接触した場所が痛んだ。
「……クロノア?」
 隣のベッドで眠っていたガンツが目を覚ました。
 ごそごそと何かを探る音の後、ベッドの間においてあるライトが灯を燈した。
「大丈夫か?」
「あ、うん、滑っちゃって」
 問いかけに答えながら、クロノアはゆっくり起き上がった。まだ少し身体が軋む。ライトの逆光でガンツの表情は見る事が出来ないが、心配をかけてしまったらしい、その手がクロノアの頬に伸びた。
「お前、熱あるぞ。それに、その汗…」
「だ、大丈夫。着替えて寝てれば平気」
 心配を出来るだけかけないように、クロノアはまた立ち上がろうと試みる。ゆっくり立ち上がって、荷物を置いてあるテーブルに向かおうと歩く。が、足元が浮いているような感覚で、足取りはおぼつかなかった。
「……こら、無理するな」
「…っわ!?」
 目的の場所に半分も到達しないうちに、背後から抱き上げられた。そのまま、汗で湿った自分のベッドではなく、ガンツのベッドへ下ろされる。
「着替えは持ってきてやるから、大人しくしてろよ。コケそうで見てられねェ」
 小さく頷いて、離れて行くガンツの腕を名残惜しそうに見つめた。ゆっくり瞼を閉じて、少し苦しい呼吸をどうにか整えようとする。着替えを取りに行くという目的がなくなると、体中に溜まっていた熱は強くなって、脳の働きを低下させた。
「大丈夫か?」
 程なくして着替えを持ってきたガンツに、ゆっくり頷く。
「……だ、大丈夫」
 着替えるという目的が出来ると、身体は自然と動いた。
 しかし、指に力が入らず、寝間着のボタンを外すのもおぼつかない。
 一つ目の半分を外しかけたところで、ガンツの手がそのボタンへと伸びてきた。
「ご、ごめん」
「いいからじっとしとけ」
 手際よく寝間着を脱がされ、上から新しい寝間着をかぶせられる。下の方も同様に手際よく脱がされ、やはり汗で湿っている下着も脱がそうと手を伸ばされた。
「わ、ま、待って、それはいいから、変えなくても…」
「バカ。それじゃ意味ねェだろうが」
「……う」
 ぐすんと涙目で顔をそらすクロノアにはかまわずに、ガンツは湿った下着を下ろしてやる。
「……あ。」
 仕方がないとは言え露わになってしまった下腹部に、男としてあるべきものが無かったことを思い出す。たった十数時間前の異変なのに、起きたときにはすっかり忘れていた。
「……」
 表情一つ変えずに換えの下着と寝間着を穿かせていくガンツに、クロノアは複雑な気持ちだった。
「下から体温計借りてくる。時間掛かるかも知れねェし、帰ってくるまで大人しく寝てろ」
 半ば事務的につぶやいて、ガンツは部屋から出て行った。
 その背中を見送って、ドアがバタンと閉まると、クロノアはまた瞼を下ろしてため息をついた。
 ガンツが帰ってくるのを待つ、これと言ってやることのない目的。
 それは目的がないことも同じで、妙にそわそわしてしまう。
 先程表情一つ変えずに着替えを手伝ったガンツと、数時間前のガンツの行動のギャップに、困惑せざるを得ない。
 天空寺院で検査をした後、ガンツは二度と自分に性行為を促さないことを、巫女に約束していた。
 それはクロノアのことを思ってのことで、ガンツ自身が身体を求めたくないわけではないのも理解していた。
 だが、十数時間経った今でも、肌を重ねた感触は残っていた。咽るほどの熱気も、唇を重ねた感触も、すべて身体に刻み込まれているように、情事の記憶を蘇らせてしまう。
 何も考える事が無くて、必死に違うことを考えようとする。それでも、身体は火照りを増して行くだけだった。
 そんな自分に嫌悪感を覚えて、火照る身体をうつ伏せ、枕に顔をうずめた。うっすらと硝煙の匂いがする。先程、ガンツのベッドに寝かされたことを思い出して、急に心臓が跳ね上がった。
 ドキドキと脈打つ心臓の音がうるさく思える。急にジンと体の奥が疼きはじめた。疼きは下腹部の敏感な部分に伝わっていき、えもいわれぬ感覚を生み出して背筋を粟立てる。無意識に息が荒くなり、ついあらぬ想像を廻らせてしまった。
 自身の疼きを止めたくて、クロノアはもう蕩けそうな熱を帯びるそこに、服の上から手を触れた。
「……っ、ダメ、せっかく着替えたのに…」
 確実に濡れているそこから手を離し、寝間着の襟を掴んで耐える。
 横になって小さく丸まると、ぎゅっと目を閉じて身体の変化に耐えた。じわじわとうずく身体は、まるで誰かに触れられているかのような錯覚まで感じてしまう。
 やがて疼きは痛みに変わっていった。触れてはいけないと耐えていた場所がぴくぴくと、痙攣する。
「うう…っ」
 声を殺して泣きながら、クロノアは耐え切れずに刺激を求めるそこを、服の上から軽くなぜた。ビクッと肩が震えて、奥を突き上げるような快感が身体を突き抜けた。恐ろしくなって手を離すが、もう耐えることができなかった。震える手で力なく、敏感な場所へ触れる。たった少しでも手が触れるだけで、驚くほど身体に電流が走る。
「い、いや……こんな…」
 こんな事はいけないと、理性が忠告する。
 だが、その忠告は押し寄せる快感の波にさらわれて、どんなに声高に訴えてもすぐに流されてしまった。
 触れていくうちに、服の上からでもわかってしまうほど、淫核が膨らみを増していく。そこに指が触れた瞬間、十数時間前感じたような快感を身体が駆け抜けた。
「ひぁ…!?」
 嗚咽をかみ殺していたにもかかわらず、急激な刺激に耐え切れないで高い声を上げた。震える指がひと滑りするたびに、その部分からなんともいえない熱と淫猥な音が生まれる。
「だ、だめ…、も、やめなきゃ…」
 ともすれば自分を見失ってしまいそうで、クロノアは自身に触れていない手で襟元をしっかり掴む。やめなければと思うのに、身体は絶頂を求めて準備を始めていた。
「ご…ごめ、ん…ガンツっ…ふ、あぁぁ!」
 上手く力の入らない手に、精一杯の余力で力を篭める。強く押し擦られるような刺激に、ひときわ大きく腰を震わせ、絶頂を迎えた。
 とろりとした淫猥な液体が、股間から零れ落ちるのが解った。
 下着と寝間着のおかげで、シーツには染みていないのが救いだった。
 肩で大きく息をしていると、部屋がノックされる。
 一瞬どきんとして、シーツを頭からかぶった。
「大丈夫か?」
 部屋に入ってきたガンツの言葉に、シーツ越しでも解るよう大きく頷いた。
「体温計。持ってきたから、熱計れ」
 極力触れないように気をつけているのか、ガンツはシーツから顔だけ出したクロノアに体温計を渡す。
「ありがと…」
 何も無かったように振舞う。声が震えているのはきっと熱のせいだと、思ってもらいたかった。
 体温計を脇の間に軽く挟む。冷たい感触が心地好く思えた。
「薬も貰ってきたから、今のうちに飲んどけ。解熱剤だから多分効くだろ」
 いつの間にかベッド脇に水差しが用意されていた。その水差しから、ガンツはグラスに水を注ぐ。
「起きれるか?」
 頷いて、残っている力を振り絞ってゆっくり起き上がる。これ以上心配は掛けたくなかった。力の入らない手でグラスを受け取る。一瞬取り落としそうになって、慌ててもう片方の手でグラスの底を押さえた。
「……それじゃ薬、飲めねェぞ」
「あう」
 困ったことに、ガンツが差し出した薬は絶対苦いことが予測される粉薬だった。恥ずかしい話し、苦い薬は飲むと悶絶するほど苦手で、大嫌いだった。
「に、苦くない?それ」
「さあな?飲んだことがねェからわからねーケド、苦いだろ、普通」
 そう答えて、ガンツは紙包みを開いて、少なくない量の粉薬を指ですくう。それをひと舐めすると、かなり苦かったらしい、流石に顔を顰める。
「こりゃ、人間が飲むモンじゃねェな」
「…え、そ、そんな」
 ガンツの反応に、思わずクロノアは後ずさる。丁度体温計が計測を終える電子音を発して、とりあえず体温計を外した。
「38度7分。だいぶ熱があるな」
「……その薬飲まなきゃダメ…?」
 勿論と頷くガンツに、クロノアはがっくりと頭を垂れる。
「……しょうがねェな」
 ため息混じりに呟いたガンツに、もしかしたら飲まなくてもいいということなのかと顔を上げる。が、期待はすぐ打ち砕かれた。
「飲ませてやるよ」
「……え?あ、ちょっと…」
 クロノアが握り締めていたグラスを奪い取り、ガンツは手の中にある粉薬を水と一緒に口に含む。その動作で何となくどういうことか検討がついて、クロノアは思わず身を引いた。すかさず、薬の包みを捨てて、ガンツがクロノアの肩を掴む。無理矢理肩を引き寄せられて、クロノアは思わず身構えた。
 十数時間ぶりに唇が重なる。しっかりと隙間を作らないように重ねられ、繫げられた部分を通して苦味の強い液体が流れ込んできた。
「……っ!!!」
 思った以上の苦味に、文字通り悶絶する。じたばたと暴れることも出来ないほどに、異常な苦さだと思った。どこにそんな力が残っていたのか、ガンツの寝間着を強く握り締め、口の中に押し込まれる薬を飲み込んだ。
「……っ」
 唇同士が離れて、まだ舌に残る苦味に耐えていると、もう一度口付けられる。
 今度はほとんど苦味のない、ただの水を飲まされた。洗い流すように何度も水を口移しされて、クロノアは漸く落ち着きを取り戻した。
「ったくお子ちゃまだな」
 そう言われても仕方がないと思った。多少顔を顰めただけで悶絶なんてしてもいないガンツが、羨ましいとさえ思う。
「明日までに治れば二度と飲まなくてもいいから、がんばれよ」
「うん。ありがと…」
 だいぶ身体の火照りも収まってきた。もう一度ベッドに横になろうとして、クロノアはふと気付く。
「ねえ、ガンツ、ベッド…」
「気にするな。ソファーでも引っ張ってきて寝る。お前はちゃんと寝ろ」
「……でも」
 迷惑をかけるわけには行かない。多少寝心地が悪くても、自分のベッドに戻ったほうがいいと思った。ベッドから降りようとすると、ガンツの腕が両肩を押さえつける。
 乱暴にベッドに押し倒され、またくちづけをされた。
 薬を飲ませるときとは異なる、舌を吸い上げるようなキス。
 歯列をなぞられて、深く探りを入れられる。冷めていた身体の熱が、また戻ってくる。
 舌と舌が触れ合うたびに、ビクンと身体が揺れた。
 程なくして解放された時にはもう、息切れ状態だった。必死に、呼吸を整える。ガンツを見上げると、真剣な表情で睨まれた。
「ここで寝ろ。言う事きかねェなら無理矢理動けなくするぞ」
「……ご、めん…」
 正直に言ってしまえば、その無理矢理を実行して欲しかった。不謹慎な考えだが、身体はまた疼きを覚える。快感を、求めていた。
 だが、そんな事を思ってしまう自分が酷く悪いことをしているような気がして、クロノアは踏みとどまった。自分を思いやって、禁を破ると脅しまでかけるガンツに、これ以上恩を仇で返すようなことは、到底出来なかった。
 僅かに疼く身体を必死に抑えて、クロノアは眼を閉じる。さっさと風邪なんか治ってしまえばいい。そうすれば無駄に心配をかけないで済むんだから。


 今度は悪夢を見ないように祈りながら、クロノアは睡魔に手を差し伸べた。また、暗闇の世界へ落ちないように、懸命に祈りながら。











いわゆるGってやつ
まんまですね。
お約束どおりガンツは禁欲中。
クロノアは欲求不満。
裏設定的なおはなしですが、風邪引いたのは前回ガンツが無理矢理やっちゃったからだって言うオチだったりします。
そんな事は二人ともつゆ知らず。
性行為の後、時々熱出しちゃう人がいるそうですよ。
なんともカワイソス。


だんだん女体化楽しくなってきた。