4.Bomb
「そりゃまた、困ったことになったもんだね」 「いや、軽く言いすぎだろ。あんた」 全てを話し終えた後、開口一番パンゴの言った一言に、ガンツは呆れて突っ込みを入れた。 「いや、しかしここで驚いたって何にもならないというか…うーむ。何となくクロノアがいつもと様子が違う気はしてたような…、まッ、そういうことだね」 相変わらずのマイペースっぷりに、ガンツはため息をついた。 「でも、そのほうがパンゴらしいよね。ボクもそっちのほうが気が楽かも」 一部始終を話してスッキリしたような表情で、クロノアがニコリと笑った。 宿の裏庭の小さなベンチは、ないしょ話をするには丁度いい場所だった。 「あんたが術に惑わされなくてよかったぜ。味方が敵みたいなもんだからな」 「家族もおるしね。そんな術にかかってちゃたまらんよ。……と言っても多分、ガンツが術の効果を薄めたから効かないんだろうと思うが」 何気ないパンゴの一言に、ガンツはうっと口ごもる。クロノアはクロノアで、下を向いて赤面してしまった。 「……とりあえず出来るだけその話はしないようにしてくれないか?」 「……ふんム。しょうがないね。いや、若いのは良いことだよ」 フォローになってないフォローをして、パンゴは何か考え始めた。 「一つ聞きたいんだが、クロノア」 「……え?何?」 急に話を振られて、クロノアはまだ赤い顔を上げる。 「そのままでいたいと思うかい?それとも元に戻りたいかい?」 「!!」 目を丸くして、クロノアはその場に固まってしまう。 「……このままか…元に戻るか…」 つぶやいて、ガンツのほうを見た。 何を迷っているんだというような表情で、ガンツがこちらを見る。 クロノアの脳裏には、数日前まで男だった自分と、女性の身体を得てしまった自分が二人、並んでいた。 その二人が喧嘩をしているような錯覚。どちらも、本当の自分なはずなのに、別人のように思える。どちらになりたいのか。聞かれたら迷ってしまった。 「……ボク……わからない」 わからない理由はあった。それも解っていたが、この場で言う勇気はなかった。 「ふんム…まあ、それはおいおい、自分で決断しなきゃならんよ。 それは常に頭に入れておいたほうがいい。とにかくクロノアの意志とは別に、二人ともこうなった原因だけは突き止めたいんだろう?」 「そうだな。何もわからねェままじゃ気分がわりィ」 頷くガンツにクロノアも続く。今後どうなるかとは別に、クロノアも原因を知りたい気持ちはあった。 「それなら話しは早いな。ワッシもひとつ手伝うとしよう」 「…えっ?」 クロノアがまた目を丸くした。まさかそんな言葉がでてくるとは予想していなかった。 「息子の眠り病が治ったのも、キミ達のおかげだしね。それに、そろそろまた旅に出ようかと思っていたんだ」 「……ありがとう、パンゴ」 やはり相変わらずのお人好しだと、クロノアもガンツも苦笑した。 「わっ、すごーい、これってなんだっけ?ジープ?」 「アホ。ジープならもう少し小さいだろ。半分は間違っちゃいねェが…」 宿の付近に留めてあった大型の車に、クロノアがはしゃぐ。確かにジープによく似たその車は、フロント部分はジープそのものだった。しかし後方部分は人が二、三人は余裕で乗れそうな、貨物車のような構造をしている。 「オッサン、こりゃ改造車か?」 「平たく言えばそうなるかねぇ。街道だけを行く旅ならこれでかなり便利になったよ」 にこやかに答えるパンゴは、嬉しそうだった。貨物部分のカーテンを開けると、持っていた荷物をそこに投げ入れる。中は結構広い作りで、花火師らしく隅の方に珍しい形の花火や火薬箱、非常用の爆弾などが置いてあった。おそらく野党が出たら使うのだろう。 「爆弾がなけりゃただの花火師の車だよな」 「まあ、それは言わない約束だ。 そうだ、毛布も余分にあるから、この先街がなくても寝床には困らんぞ」 今時半日歩いても街や村がない地方なんかあるだろうか?そこは気にしないことにして、ガンツは自分のバイクに乗り込んだ。 「クロノア、オメーは車ン中にいろ。バイクじゃあ寒いからな。風邪がぶり返したら困っちまう」 「う、うん。わかった」 素直に頷くと、クロノアは貨物部によじ登り、ガンツに手をさしのべた。 「荷物、邪魔でしょ?持っとくよ」 にこりと微笑んだクロノアの表情は、何となく寂しそうな雰囲気をもっていた。 「おんや。車の中は退屈かい」 ジープの後ろ側に少しだけあいている窓から、クロノアが助手席に飛び乗った。いつものシャツや帽子は着ていない。そのかわり暖かそうな長袖のセーターを着込んでいた。 「そうじゃないんだけどね」 つぶやいてシートに腰を下ろすと、少し前の方をバイクで走るガンツを見やった。 「ガンツには話してないんだけどさ。さっき、どっちになりたいか解らないって…言ったでしょ。 理由…聞いて欲しくて」 ハンドルを切りながら、パンゴは小さく相づちを打つ。 「どうしたらガンツにとって望ましい結果か…ということかな?」 「!」 驚いてパンゴの方を見るクロノアの表情は、どうして解ったのだろうかと言いたげだった。むしろ誰にでも予想が付くような理由なのだが、恋愛に疎い上に真剣に悩んでいたせいで解らなかった。 「クロノアはガンツの事を、どう思ってるのかい?」 なにも知らずに前方でバイクを走らせるガンツを見た。 その背中を見つめながら、クロノアは自分の気持ちを告げる。 「…好き。ほんとは会ったときから好きだったよ。でも、ボクは男の子だしって諦めてた。それなのに…」 いきなり、女の子になったなんて、おかしいよ。 泣きながら訴えるクロノアの頭を、パンゴは器用に片手で運転しながら撫でた。 子供を見守る父親の優しさが、そこにはあった。なんだか父親がいるみたいで、クロノアは安心する。 「大事なのはガンツの気持ちじゃなくて、クロノア、お前さんの意志だ。そんなにくよくよしないで、本当に自分がなりたい方を選ぶんだ。ガンツだって、その気持ちは汲んでくれるだろう。むしろクロノアが望むようにして欲しいはずだ。ワッシの問題でもガンツの問題でもない。お前さんがすべて決めることなんだよ」 泣きながら、クロノアは何度も頷いた。水分を吸わないセーターの袖が、拭った涙で濡れていた。 「ボクが男の子に戻っても好きだって、ガンツ言ってくれた。……信じても、いいんだよ…ね」 「ほほっ、もしもガンツがお前さんに何も気が無ければ、ふつうならそこまで言わんよ。そりゃあ信じてやるしかないだろうよ、彼を」 また優しく頭を撫でられて、クロノアは精一杯の笑顔を作った。 |
結局クロノアは男の子に戻ることを選ぶわけであります。笑 でもってそんなクロノアとガンツの甘酸っぱい恋の行方を見守るパンゴ父さん… 親子バンザイ…! |